愛国心と国防 京都産業大学 岡本裕也

はじめに

愛国心とは国防にとって重要な要素と考える。愛国心とは何かを定義し、過去の愛国心と現在の愛国心を比較する。現代は愛国心が高まりつつあると言われているが、実態はどうなのだろうか。また、最近ネット上でみられる「ネット右翼」についても考察し、これからの愛国心はどうあるべきか考えてみたい。

愛国心とはなにか

愛国心とは、「自分の国を愛し、国の名誉・存続などのために行動しようとする心。祖国愛」(1)とある。また、ナショナリズムやパトリオティズムに換言されることもある。ナショナリズムとは、「国家や民族の統一・独立・繁栄を目ざす思想や運動。国家主義→民族主義→国民主義」(2)国家、民族のための動きを伴った考え方である。それに対して、パトリオティズムは、「愛国心。愛国主義。転じて愛郷心、愛社精神」(3)であり、国を愛するといった、気持ちそのものをあらわすようだ。
愛国心は社会的身分などの枠組みを超え、同じ民族意識をもつ成員の概念である。自分の国の文化に愛着を持つ気持ちでもある。ナショナリズムは自国の繁栄を優先とし、優遇する考えである。そのため、他国との衝突の原因にもなることもある。そのため、戦争や反日などのネガティブなイメージが付きまといやすい。また、ナショナリズムとパトリオティズムはしばしば混同されて用いられる傾向がある。それは愛国心の定義は曖昧であり、人それぞれ解釈が違うためである。
国防との関連で言えば、自分の国を大切にする。家族を守るという意味で非常に重要である。自分の国や家族に対して特別な感情がなくして、国防が成り立つだろうか。

過去にみられる愛国心

第二次世界大戦までの愛国心の発露、明治時代の知識人の考える愛国心について述べる。過去の愛国心をみると、全体を通して重要なキーパーソンとなるのは、楠正成ではないだろうか。まず、楠木正成であるが、正成は後醍醐天皇の倒幕をたすけ、建武の中興後に後醍醐天皇側について足利尊氏と戦った武将である。湊川の戦いで足利尊氏に破れ、弟と刺し違え果てる。その時に言ったとされるのが「七生報国」である。七生報国とは七回人として生まれ、逆賊を討ち果たし国に報いたいという意味である。これは、当時の武士たちが、一所懸命という言葉にあらわされるように、自分の土地を護ることに執着していたのに対して、国というものを意識していたことは、大きな意味があるといえる。また、湊川に赴く際、息子の正行と桜井で別れたことは、後の唱歌にあるように、滅私奉公とされる。
上述の楠公の精神は、幕末の攘夷志士たちに見直され、精神的支柱となっていく。幕末の志士達によって明治維新が成し遂げられると、楠公の精神は日本人の精神の手本として、教育されていくことになる。
明治の知識人たちは愛国心をどのように考えていたのであろうか。福沢諭吉は、「「自国の権義を伸ばし、自国の民を富まし、自国の智徳を修め、自国の名誉を耀かさんとして勉強するものを、報国の民と称し、其心を名けて報国心と言ふ」と『文明論之概略』第10章において述べた。また、「便利を謀て自から私する偏頗の心」であるとも述べており。利己的な意味の強い、偏った(「偏頗」)概念であることを指摘しているのである」(4)。ここで諭吉は愛国心とは、国のために努力することであり、また偏った考えであるという。これは所謂ナショナリズムという事が出来るのではないだろうか。また陸羯南は、自身を国粋主義者としており「愛国心は即ち国民自尊の感情に外ならず」、「此感情に由て其政治団体を維持」出来るのであると。「博愛主義は人間に基づき、愛国主義は国民に基づく、若し夫れ博愛主義に基づきて人間の統一を図るの日に至らば、今の所謂愛国心なるものは尚ほ地方的感情のごとく、却りて人間統一に害ある可賎の感情とならん」と述べる」(5)。羯南も愛国心をナショナリズムの意味に捉えていたようだ。

しかし、福沢が西洋文明の積極的な摂取によって日本の独立の維持を主張したのにたいして、羯南は、西洋文明が優れていて西洋人の思想は傲慢であり、それぞれの国には各々役割があって、それで世界が成り立つのだとの考えを示している。また日本の文化を大切にすることと述べている。これは明治維新後の急速な欧化主義に対する批判とも言えるだろう。

また急速な欧化主義にたいして明治天皇も、西洋の文明、洋学が重んじられ、日本古来の伝統、倫理観が、ないがしろにされるのではないかとの憂慮があったようだ(6)。そのため明治23年10月30日に教育勅語が渙発される。教育勅語のなかには、国を大切にすることや、博愛の精神までうたわれている。
昭和に入り、日中戦争、太平洋戦争が勃発すると、殊更に楠公の精神が強調されるようになる。特攻兵器の回天を考案した黒木博司は、特に楠公の精神を信条としていたようである。このことから、特攻の精神も楠公の精神が見られるといえる。しかし、特攻隊員の遺書などを見ると、忠君愛国などの言葉もあるなか、家族への愛情ある言葉がつづられている。また、特攻の生みの親といわれる大西瀧治朗は、はじめ外道であると、特攻作戦を否定します。しかし、日本がとことん追い詰められたなかで、一度でも勝利し、少しでもよい条件で講和するという目的のため特攻作戦を考案したとされる(7)。

過去の愛国心を少し調べてみると、過去の愛国心を語る上で楠公の精神を抜かすことは出来ないといえる。攘夷志士達の精神的模範であり、明治維新が成し遂げられると、楠公の精神は国民に広く教育されていくこととなる。戦時おいて特に楠公の精神は強調された。太平洋戦争において、苦戦を強いられ追い詰められた日本は、楠公が国のため天皇のために命を懸けて戦ったように、命を懸けた、必死の特攻作戦を考案した。
では、この楠公の精神とは、楠正成は乱世にあってどの様にしてこのような考えに至ったのであろうか。これについて「根源的な民族の土俗であり、民族の血の現れである」(8)といった見方もあるが、これでは正成の考えをきちんと裏付けした見方とはいえない。楠公の精神のそのバックボーンは何であったかは今後の課題としたい。

最近の愛国心・調査

最近はネットに、ネット右翼というものが存在する。彼らは愛国心を持つことや、日本の文化歴史に関心がある。しかし、ネット掲示板において、嫌韓国・中国などの排外主義的書き込みを行うなど、偏狭なナショナリズム的傾向がみられる。彼らの愛国心とはかなり利己的な側面を持っている、諭吉や羯南の指摘通りである。「ネットの外でも署名・投書・集会出席などの活動に積極的な傾向がみられる。……これまでは目につきにくかった「右翼」的な潜在層がネット上で可視化されたととらえるのが適当かもしれない」(9)。また、男性が多く、「2ちゃんねる」の使用頻度が高いことなども指摘されている。

ネットにたいして、現在の一般国民の感情としての「国を愛するという気持ちは」(愛国心)は、過去と比較すると一割ほど上昇している(10)。また年齢が高くなるのに比例して「国を愛する気持ち」は高くなっている。中学生や学生を対象とした調査でも、愛国心というものを肯定的に捉える率は高くなっている。これ等に見られる愛国心とは、ナショナリズムの負の側面はほとんど無く、パトリオティズム的愛国心ではないだろうか。愛国心の高まり加え、日本でも愛国心を育てる教育は必要なのかという内閣府調査では7割以上が賛成している(11)。しかし、中国などでは反日教育が行われているという周知の事実がある。あのような露骨な偏狭なナショナリズムは否定されてしかるべきだろう。

おわりに

愛国心にはさまざまな解釈があることがわかった。過去の愛国心が楠公を模範としてきたことに対して、戦後の愛国心はがらりと変ったようだった。日本人には愛国心は無いのかと指摘されることもあれば、愛国心は侵略戦争の元凶だとされて否定されることもある。日本人に愛国心が無いという指摘は、最近の調査が示す通り、最近では愛国心を持った人が増えているのが現実で、それを危険視する意見もある。しかし、最近の調査では素朴に日本を愛する、家族や周りの集団に愛着を持つという事が大半で、一部、「ネット右翼」に見られるような偏狭なナショナリズムとはちがった、パトリオティズム的愛国心があるように思われる。
楠公の精神、特攻の精神等、過去の愛国心、精神が忘れ去られている現代日本は、領土問題や経済などのさまざまな問題に直面している。愛国心教育の必要性を説くならば、過去の愛国心を慎重に見直すべきではないだろうか。

(1)『デジタル大字泉』参照。(2)『デジタル大字泉』参照。(3)『デジタル大字泉』参照。
(4)小寺正一(1976年)「愛国心について-福沢諭吉と陸羯南の場合-」『道徳教育学論集』大阪教育大学道徳教育教室、12頁。
(5)小寺正一(1976年)「愛国心について-福沢諭吉と陸羯南の場合-」『道徳教育学論集』大阪教育大学道徳教育教室、12頁。
(6)明治神宮http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.ht参照。
(7)原勝洋(2007年)『鎮魂特別攻撃隊の遺書』、84頁~88頁参照。
(8)保田興重郎『太平記と大楠公』http://www.meix-net.or.jp/~minsen/kako/topic%20yasuda.htm参照。
(9)辻大介(2008年)「インターネットにおける「右傾化」現象に関する実証研究」http://d-tsuji.com/paper/r04/report04.pdf「主な知見」。
(10)「国や社会との関わりについて」(2011年)『社会意識に関する世論調査』内閣府大臣官房政府広報室、http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-shakai/2-1.html参照。
(11)「国や社会との関わりについて」(2011年)『社会意識に関する世論調査』内閣府大臣官房政府広報室、http://www8.cao.go.jp/survey/h22/h22-shakai/2-1.html参照。