国防文明相関論 同志社大学 水谷忠央

国防というのは、外敵の侵略に対して国家を防衛することである。また、その国家を防 衛するにはその防衛機関である軍隊や日本でいうところの自衛隊のようなものが必要であ り、このことは古代国家以来共通していることである。そのため、今日の国防について考 えるには、常に近隣諸国の脅威にさらされていた古代国家の歴史や軍事史の教訓を参考に することは重要であり、その教訓を無視して失敗した例も数多く存在する。そこで今回は、 文明論、特に文明衰亡論を参考にして国防について考察する。

まず、文明とは何であろうか。以前では、文明というのは文化と同義でつかわれていた。 だが、伊藤氏の定義によると「人間生活の行わせているその集団特有の『エートス・観念 形態・価値感情』といったものを文化といい、文明はこの文化によって作り出され運用さ れる、その生活圏に必要な『制度・組織・装置』といったものである」(1)。この定義にした がうと、文明というのは国家の役割と似ており、文明衰亡論というのは国家の衰亡に関係 していると考えられる。また、これまでの文明衰亡論も、主に国家の衰亡について述べら れてきたことから、文明と国家をほぼ同義とみなすことができる。

では、上記の定義に従い、文明衰亡論、特にローマ帝国の衰亡について述べる。ローマ 帝国の衰亡については諸説あるものの、その代表的なものの一つが軍隊の衰退である。ロ ーマ帝国では、「当時の支配者にとって主要な問題は国内秩序の維持と国境防衛であった」 (2)。特に、ローマ帝国の国境は、蛮族の絶え間ない攻撃下にあったので、後者の問題は特に 重要なものであった。このような状況下で「ローマ帝国は最終的に蛮族の侵入を防ぎきれ なくなり、オドアケルによりローマ帝国が滅ぶことになるのである」(3)。しかし、ここで重 要なのが「ローマを攻略した蛮族はそれほど強敵であったとは思われない。むしろ、ハン ニバルの率いるカルタゴのようなローマ興隆期の敵のほうがはるかに強かったし、兵力も 後者の方が多かったということである」(4)。つまり、ローマ帝国が滅んだのは、敵勢力の増強ではなく、ローマ帝国の軍隊の弱体化が問題である。 では、ローマ帝国の軍隊はなぜそれほどまで弱体化したのだろうか。それは、「ローマの軍隊が蛮族化したからである」(5)。当時、「皇帝は外国人、つまり『蛮族』にたよるように なり、ローマ軍のほとんどが蛮族で構成されるようになった。そして、『ローマ軍隊には、 たった一人のローマ人しかいない。それは皇帝だ。』とさえいわれるようになったのである」 (6)。では、なぜローマ皇帝は蛮族に頼らざるをえなくなったのだろうか。これこそが軍隊崩 壊の根源的原因だと考えられる。それは、「帝国の末期には兵力はつねに不足気味であり、 定員を下回っていた。そして、常備軍だけでは不足であったのに、もはやローマはそれ以 上の兵士を動員することができなかったからである」(7)。つまり、圧迫してくる国境の蛮族 に対してローマが十分な兵力を送ることができなかったということである。このために、 ローマは蛮族から新兵徴募することになり、軍隊はますますその数を増やしていく蛮族に のみ依存するようになってしまう。そして、「防衛者が数的に乏しく、蛮族による紀律低下 という質的に貧弱な帝国となり、その帝国の外部の蛮族にとって貪欲をそそる餌の状態と なってしまい、その蛮族の侵入によりローマ帝国が滅ぶことになるのである」(8)。

このように、ローマ帝国の滅亡は、軍隊における人数不足と蛮族化という質的低下の状 態となり、そこを攻められることによって生じたと考えられる。また、「蛮族の侵入は西ロ ーマ帝国と東ローマ帝国の両方にあったのに、東ローマ帝国がそれを防ぐことができた」(9) という事実を考慮すると、やはり西ローマ帝国の軍隊の人数不足と質的低下が文明崩壊に おける大きな原因だと考えられる。さらに、エジプトやオリエントなどの文明においても 衰亡時に軍隊の弱体化が見られ、他にもスパルタ、そして通商国家ヴェネツィアでもその ような傾向が見られており、多くの文明において軍隊との関係が見出せるのである。

では、以下からは上記で示してきた文明衰亡論をもとにして、国防、特に日本の防衛に ついて考察する。なお、日本において国家における軍隊のような役割を果たしているのは自衛隊であるので自衛隊に焦点を当てて考察する。 まず、日本の自衛隊の人員については、「陸自の定員 15 万 6122 名に対して、現隊員は14 万 8302 名で充足率は 95%である。他にも、即応予備自衛官は定員 6694 名に対して、 現隊員は 6146 名で充足率は 91.8%である。また、予備自衛官は定員 4 万 7900 名で現隊員 は 3 万 6737 名で充足率は 76.7%である」(10)。このように、充足率も満たされておらず人不 足である。
次は、防衛関係費についてである。日本の防衛関係費は世界的に上位に当たる「4兆8000 億円である。その内訳としては、人件・糧食費は約 44%、自衛隊を維持したり、一部装備 品の購入にあてたりする一般物件費は約 19%、そして歳出化経費は約 37%である。この中 で、人件・糧食費と歳出化経費という義務的な経費が歳出経費の約 80%を占めている。そ して、実際に武器購入にあてる資金は 20%ほどでしかない。その上、日本は武器輸出三原 則により自衛隊の調達量が制限されており、装備品が少量で高価格であるので他国よりも 武器を購入しずらい状況となっている」(11)。このように、防衛関係費においてもかなり厳し い状況であり、他国の軍備増強に追いつけず、防衛装備も十分とは言えないと考えられる。

最後は、自衛隊の質についてである。一般に自衛隊内での命令統制はかなりできいると いわれているが、防衛省内にある内部部局とのいがみあいがあり、自衛隊弱体化システム といわれているように質的低下がみられる。また、上記の防衛関係費の内訳から武器の購 入が難しく、その弊害として「自衛隊の普段の訓練もままならない状況なのである」(12)。さ らに、「航空自衛隊は日本本土のみ、海上自衛隊は対潜水艦能力と機雷掃海のみ、陸上自衛 隊には本土防衛能力のみで各自衛隊は非常にいびつで偏った能力しかもっていない」(13)。そ して、自衛隊には「十分な装備がなく、そのため、陸・海・空軍における連携能力がない のである」(14)。このように、紀律低下が懸念される一方で、能力低下も見られるという質的 低下が生じている。

以上より、日本の自衛隊においては、人数不足、防衛費不足、そして質的低下がみられ、 これはローマ帝国衰亡時における状態と同様である。また、専守防衛政策故か、陸・海・ 空軍はそれぞれ偏った能力しか持っておらず、海外への戦力投射能力もなく、かつ連携能 力もないという状況である。一方で、戦争発生にはいくつかの要因があり、その中の一つ として『勢力均衡および破綻』というものがある。この考えは、「勢力均衡の崩壊が戦争を 生み出すという考えである」(15)。そして、北朝鮮や中国が軍備増強を行う中で日本の軍備が 上記の状況であること、近年の尖閣諸島問題や竹島問題、そして北方領土問題の存在を考 慮すると、『勢力均衡および破綻』の考え方から戦争の危険性があると考えられる。また、 「我が国が防衛力を整備しないことによって、我が国周辺に力の空白ができている」(16)とい う意見もある。これらのことを考慮すると、日本は近隣諸国の脅威にさらされている状況 だと考えられる。まさに、末期ローマ帝国である。

では、このような状況下で日本はどのようにしたらよいのか。武器輸出三原則や憲法九 の見直しなど様々なものがあるが、文明衰亡論を参考にしてまずやらなければならないの が自衛隊の人員不足の解消と対 GNP1%ではなく防衛関係費を十分な状態にすることであ る。このようにして、力の空白をなくさないといけない。また、この軍備増強においては 『自衛隊・防衛問題に関する世論調査』によると、平成 21 年度の調査では、自衛隊の防衛 力について「増強した方がよい」の方が、「縮小した方がよい」の割合よりも多いという結 果が出ている。また、自衛隊が存在する目的や自衛隊が今後力を入れていく面については、 災害派遣の次に外国からの侵略に対する国の安全確保が高く、これは、国際平和協力活動 への取り組みや国内の秩序維持、そして民生協力よりもかなり高いものであった。さらに、 日本が戦争に巻き込まれる危険性については、「危険がある」「どちらかというと危険があ る」と答えた人が 70%を占めており、その理由については、国際的な緊張や対立があるか らと答えているものが多かった。このことから、国民側も近隣諸国の脅威に鑑み、軍備増 強の意見であり、この意見は年々増加傾向である。このことから、防衛により重視するこ とについて国民側も支持していると考えられる。

以上より、文明論、特に文明衰亡論をもとにして国防について考察してきた。上記のこ とより、ローマ帝国の滅亡の原因として軍隊の弱体化が挙げられ、日本もローマ帝国に似 たような状況であり、その二の舞を踏む可能性があると考えられる。また、ローマ帝国の 問題について浮き彫りにされたのは、軍と国家との関係であり、そのことについては今後 の研究が必要となってくるであろう。

参考文献

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(3) 高坂 正堯 (1981). 文明が衰亡するとき 新潮社、25 項
(4) 高坂 正堯 (1981). 文明が衰亡するとき 新潮社、26 項
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(7) 高坂 正堯 (1981). 文明が衰亡するとき 新潮社、32~35 項
(8) チェインバーズ 編, 弓削 達 訳 (1971). ローマ帝国の没落 創文社、91 項
(9) 高坂 正堯 (1981). 文明が衰亡するとき 新潮社、25~26 項
(10) 後藤 一信 (2007). 自衛隊裏物語 バジリコ、80~81 項
(11) 田村 重信・佐藤 正久 (2008). 教科書・日本の防衛政策 芙蓉書房、84~90 項
(12) 後藤 一信 (2007). 自衛隊裏物語 バジリコ、22~23 項
(13) 後藤 一信 (2007). 自衛隊裏物語 バジリコ、22~23 項
(14) 石破 茂 (2005). 国防 新潮社、190 項
(15) 大澤 正道・斎藤 洋・石川 達・戦略科学研究会・国際安全保障リサーチ・石古 大 蔵・海辺 和彦 (1998). 戦争の世界史 日本文芸社、190 項
(16) 高津 康裕 編 (2011). 防衛開眼第 37 集 今後の安全保障政策と自衛隊 隊友会、70 ~71 項