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2012/09/01
日本国憲法第 9 条―自衛隊の憲法適合性―

同志社大学 山本千晶

1. はじめに
 
日本国憲法は、戦争放棄と戦力不保持を規定するものであるが、そのもとで自衛隊が合憲か否かについて論じようとするのが本稿の目的である。
ここではまず、学界における9条解釈の現状を俯瞰したうえで、制憲史的作業を通じて共通理解を深め、現在の自衛隊の合憲性について考えてみたい。

2. 学界における諸説

 
(1) 9条の意味
 
現在の学説は、9条1項と2項の関係をめぐって展開されており、大きく3説に分けることができる1。第1説では、1項において自衛戦争も含め全ての戦争が放棄されていると解し2、2項についても「前項の目的」を1項の冒頭の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを指すと捉える。したがって、この説によると、あらゆる戦力の保持が禁止されていることになり、自衛戦争の余地は無くなる。第2説では、1項における「国際紛争を解決する手段としては」という留保に着目し、従来の国際法上の思想3を踏襲する規定だと捉えて、自衛戦争や制裁戦争は禁じられていないと解する。しかし、2項冒頭の「前項の目的」が、1説同様の理念を指すために、全ての戦争を行い得ないことになる。したがって、1説と2説は結論的には異ならない。第3説では、1項について、第2説同様、語句の由来に着目し、侵略戦争が放棄されたにすぎないと解するが、2項の「前項の目的を達するため」とは「侵略戦争の放棄という目的を達するため」であると捉え、侵略目的の戦力の保持を禁止したにとどまると主張する。つまり、この見解では自衛用の戦力であれば保持できると解し、自衛戦争を可能にしうる。
 
(2) 戦力の意味
 
憲法9条2項前段は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定している。ここに言う「戦力」とは何かという問題が、自衛隊の合憲性と関係して特に争われてきた。
学説上は、一般に厳格に解釈しているが、政府はそれを緩やかに解している。通説は、戦力とは、軍隊および有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊であると解している。ここで言う軍隊とは、外敵の攻撃に対して、実力をもってこれに対抗し、国土を防衛することを目的として設けられた人的・物的手段の組織体である。具体的には、組織体の名称が何であれ、その人員、編成方法、装備、訓練、予算等の点から判断して、外敵の攻撃に対して国土を防衛するという目的にふさわしい内容を持った実力部隊を指す。
 
3. 9条の制憲過程
 
(1) マッカーサー・ノート
 
戦後改革の一として明治憲法が改正され、日本国憲法が誕生した。このきっかけは、連合国軍最高司令官マッカーサーによる指示であったが、当初の改憲作業に占領軍の主導性が発揮されていたわけではない。
しかし、1946年2月1日、毎日新聞が松本員会案をスクープしたことにより、自体は一変し憲法改正の主導権は完全にGHQに握られることとなる4。こうした推移を象徴的に示すのがマッカーサー・ノートである。これは、マッカーサーが制定される憲法に盛り込むべき改憲の要点をまとめたメモであり、民政局における起草作業を方向づけたものである5。戦争放棄に関する条項は、マッカーサー・ノート第二項目目に見られる。その前段においては、日本に自衛戦争まで服務全ての戦争の放棄を宣言させ、後段では、国際社会の立場から、日本が武装組織を保有してもそれを正規軍とは認めないし、それを動かしても交戦国に許される国際法上の諸権利を日本には認めないとの方針を示していた6。
 
しかし、この条項はケイディスの冷静な判断によって削除される。彼は、後のインタビューで「自国の防衛のためでさえも戦争を放棄すると言った……点について私は、道理に合わないと思いました。全ての国は自己保存のための固有の自衛の権利を持っているからです」「マッカーサー・ノート第二項目目から自衛戦争放棄条項を削除して同条一項とした」等、答えている。1946年当時の国際常識に従えば、自衛戦争の放棄を他国に求めることな゙考えられないことであったためである。削除の積極的な意思を確認できる以上、マッカーサー草案、つまり「日本側作業の基盤」は自衛戦争を認める「限定的な戦争放棄条項」に改められていたと考えるのが自然である。
 
(2) 芦田解釈
 
「芦田修正」とは、憲法制定議会の衆議院において、その憲法改正案特別委員及びそのもとに設けられた小委員会の委員長であった芦田均委員の提唱によって成立したといわれている修正のことである。それは、第一項の冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という一文を加え、かつ第二項に「前項の目的を達するため」という一句を加えたものであった。制定議会においての修正は多数あるものの、これに対して呼称が与えられているのは、この修正が、自衛戦争を保持できるように自ら密かに埋め込んだ仕掛けであると、制憲後、芦田氏が熱心に語り続けてきた7からである。
マッカーサー・ノート以来、この帝国憲法改正案に至るまで、常に第一項とは独立して何の限定もなく陸海空軍その他の戦力の不保持を定めていたのであったが、この修正によって「前項の目的を達するため」という限定が付加された。ここでいう「前項の目的」が第一項の「国際紛争を解決する手段としては」という箇所に関連されることによって、戦力の不保持も「国際紛争を解決する手段として」の戦争を放棄するという目的のためのものにとどまり、自衛のための戦争であれば第9条の下においても戦力の保持は認められるという解釈の余地が生じたのである8。
 
しかし、あらかじめ承知しておくべきは、そうした「芦田発言」が第9条の解釈論争をただちに決するわけではないことである9。芦田氏が制憲当時「実はこのように考えていた」旨打ち明けたところで、裏付けがなければ何の意味もなさない。仮に、政権時の芦田氏の意図が解明され、「秘策」の練られた跡を確認できたところで、次にはそれを立法者意思と認めることができなければ解釈に影響することはないのである10。
ここで、芦田解釈のなされた経緯を検討するに、「芦田修正」がその提唱者である芦田氏の真意ないし含蓄によるものであったことは、当時の修正において何ら示されていない11。芦田氏は、この修正が行われた議会において、第一項の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する」という字句に関して、日本国民が戦争放棄、軍備撤廃を決心するに至った「動機」を明らかにするものである点を力説しているものの、第一項と第二項の関係に関しては何ら触れていないのである。
したがって、芦田解釈は客観的に検証できる「立法者意思」ではなく、主観的な意思を反映させたものにとどまっているとしか解釈しようがない。つまり、「芦田解釈」の前後を通じて、自衛の戦争を放棄し、自衛のための戦力も認められないという政府解釈に変化は生じない。
 
(3) 小括
 
以上、制憲史を紐解く限りで、憲法9条の解釈として確認できるのは、日本が独立国家として自衛権を有し、自衛力の維持が可能であり、やむを得ない場合にはそれを行使できるという点である。しかし具体的に保持できる自衛力の規模など具体的な内容を導き出すのは不可能である。
 
5. 憲法9条と国防論―私見に代えて―
 
日本国憲法9条の解釈として、日本は自衛権を有しているという結論を導けたとしても、
9条2項が戦力不保持を宣言している限り、自衛隊は憲法違反の存在であると疑われざるを得ない。この矛盾を解決する手段は、主に二つあるように思われる。その第一は、9条を改正し、防衛費を引き上げ、多国籍軍に参加して国際貢献する道であり、第二は、9条を改正しないで、現実と理想との乖離をなくす道である12。
まず前者の道は、防衛関係者、国際政治学者、自民党、自由党および民主党の一部などによって支持されているように思われる。そして日本が国を守るための選択肢は「武装中立」、「同盟」、「集団安全保障」の3つに大きく分けることができる。
 
一方、後者は、9条を改正せずに現実を理想に近づける努力をし、国際貢献としては、非軍事、たとえば難民救済、経済援助、疾病や貧困の解消、環境問題の改善などの道を選ぶというものである。この道は、主に、社会党、憲法学者、平和運動家などによって支持されているように思われる。この選択肢に対しては理想的ではあるが、現実的ではないといった批判がよくなされる。その理由は、独立国として、自衛のための軍隊を持つのは当然という点に存するほか、万が一、侵略がなされ、国民の生命・財産が侵された場合、国はどう責任を果たしていくのか、交友国が他国から侵略された場合、黙って見過ごしていいのかといった問題に関して、積極的な解決策が見いだせないことが問題としてあげられる。私見としては、後者の戦略は、一個人の理想、思想としては結構だが、一国の安全保障という観点では妥当でないように思う。新しい福祉国家を構築することのみによって、国際的役割が果たせるとは言い難く、閉塞状況が打開するとも思えない。この政策では、社会保障や雇用保障の再建が何よりも先に提唱されることが多いが、国の安全が守られてこそ、社会保障や雇用保障といった問題が生じるのであり、国の安全が守られなければ社会保障どころではない。中国、ロシアが軍拡を続け、北朝鮮が核保有を止めない中で、9条の実現が日本一国ではできないこと、さらに他国の協力が得られるような状況でないことは明らかであり、この考えは現実的であるとは言えない。この点に関しては、安保廃棄や自衛隊縮小の代わりとして日本がアジアの安全保障環境づくり、共同圏安全づくりのイニチアチブをとることが提唱されることもある13が、アジアでは価値観、政治体制、軍事力、経済力のすべてで大きな差があるばかりか、歴史的にも根の深い問題を抱えており、いずれにしても一筋縄でいくような代替案ではなく採用できない。したがって、福祉国家という路線を辿れば、9条を改正し防衛力を強化せずとも、国防戦略上、何ら問題はないという結論を導くことには飛躍がある。
激動の戦前、戦後を通して1世紀以上にわたる国際政治の変化は国内政治にも影響を及ぼし、国家の安全保障に関する軍国主義よるコンセンサスと平和主義者によるコンセンサスが構築されては崩壊してきた。1989年のベルリンの壁の崩壊に象徴される冷戦の終焉は、グローバル化を推し進め、世界はもはや、米ソ、自由主義と共産主義という二つに分けられなくなった。ここにおいて、世界各国は、自国を米ソに守ってもらうのではなく、自分の国は自分で守るという戦略を余議なくされているように思う。
 
今、日本は厳しい戦略状況のなかにいる。中国の潜水艦や船舶航行を妨げる無国籍の海賊による脅威、エネルギー資源獲得をめぐる中国との競争、北朝鮮からの各弾道ミサイル、産業スパイや技術を盗むといった攻撃など枚挙に暇がない。こうした困難な状況下においては、従来採ってきた防戦一筋での対処は不可能である。それにも関わらず、日本の大戦略は、安定した解決策、目指すべき指針がなく、国民的合意が成立していない状況である。まずは、その点を早急に解消する必要がある。憲法9条はそもそも、戦争の放棄を謳った規定であり、それ以外の点に関しては何も書かれていない。それにも関わらず、政治家や学者によって都合のいい解釈をなし、細目を補ってきた。しかし、一国の安全保障に関する規定が希望や思想によって解釈、運用されるべきではないことは当然の理である。憲法9条の矛盾を解消する方法を今後の国防の在り方とともに早急に再考する必要があるように思う。
 
6. 終わりに
 
憲法とは、国民の時代精神をあらわすものでなければならない14。今の日本国憲法は占領下に短期間で作られた憲法であり、実力組織を動かすための細則が欠如している。日本は現在の厳しい国際状況を認識したうえで、日本が国際的に果たすべき役割を再度見直し、新たな国防戦略を明確にする必要がある。ここではどのような国防戦略を打ち出すべきかについては触れていないため、今後の課題としたい。
 
1 佐々木高雄(1999)「戦力と自衛隊」憲法の争点、ジュリスト増刊40頁。
2 芦部信喜(2009)「憲法(第4版)」岩波書店、57頁。およそ戦争は全て国際紛争を解決する手段としてなされるものであるから、自衛戦争と侵略戦争を区別する必要はないという理由による。
3 例えばパリ不戦条約1条(1928年)によると、「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは、「国家の政策の手段としての戦争」と同じ意味であり、具体的には侵略戦争を意味する。
4 塩田純(2008)『日本国憲法誕生知られざる裏舞台』日本放送出版協会、86頁。5佐々木高雄(1997)『戦争放棄条項の成立経緯』成文堂、1頁。
6 古関彰一(2001)『九条と安全保障』小学館文庫、58頁。
7 「毎日新聞」1951年1月14日。
8 佐藤功(1992)「政府解釈の軌跡と論点(上)」ジュリスト1001号74頁。
9 佐々木・前掲注(5)書、323頁。
10 解釈に影響を及ぼす立法者意思とは、単なる主観的な意思ではなく、客観的・合理的に確認することができ、法的評価を受ける意思でなければならないとされている。
11 芦田氏の当時の日記においても、何ら芦田修正を示唆する記述は見られない。芦田均・進藤榮一、下河辺元春編纂(1968)『芦田均日記』岩波書店。また、1995年、戦後50年をむかえて公開された「秘密議事録」においても、芦田修正の経緯は触れていない。
12 竹前栄治(2001)『第7巻護憲・改憲史論』小学館文庫、391頁。
13 渡辺治(2011)「いまは改憲すべきでない。9条、25条を実現する福祉国家づくりこそ急務」『日本の論点2011』文藝春秋編、233頁。
14 松本健一(2002)「第三の開国―自主防衛と国民憲法の創出をセットで論じる時がきた」文藝春秋編『日本の論点2002』229頁。